Contemporary Japanese calligraphy artist Hiroshi Ueta

2018年10月19日

パリのアーティストがやってきた♪「京都×パリ」コラボレーション

改めまして現在 京都市とパリ市の共同事業
京都×パリ「京ものアート市場開拓支援事業」
というモノに参加しています。

6月には私達がパリに行ったのですが
今回は京都にパリのアーティストの方々がいらしゃいました。
企画の内容は京都市のHPコチラでも紹介されています。
また参加アーティストもコチラで紹介されていますよ。



京都市庁舎でご挨拶


合同説明会@芸術センター

合同のギャラリー見学会やイベント見学、説明会なんかもあるのですが
自由行動の時間もあるので私はパートナーのジュリーと
日本の紙を中心に見て周りました。


先ずはちょうど大阪で催されていたTAKEO PAPER SHOWへ。
TAKEOの紙はパリでも目にしてて、パリの紙屋さんでも評価が高いので
ジュリーは大喜び。


また和本の製作、修復等も手掛けてられる経師大入さん。
ジュリーの製作してる本の写真をご覧頂いた所
それだけで彼女のスキルと独創性を評価して頂き
より深く職人として、プロフェッショナルとして、文化としてのお話をうかがい
工房を拝見させて頂きました。
またこのあと大入さんもパリに行かれるとの事で
パリのジュリーの工房にも行く約束をされてしていました。


私も掛軸の製作でお世話になっている表具師の古澤さんには
屏風に使われる紙蝶番の作り方、また技術を教えて頂きました。
これがまた私達の作品に反映されます。


今回2人で作っているのは
名前は今後変わるかも知れませんが
「KONSEKI-book」と「ISHI-book」のふたつ。
その内のひとつに使おうとしてる漆紙を買いに木曽アルテックさんのショールーム銀意匠へ。



帰りは白沙村荘橋本関雪記念館へ。
コチラは日本画家の橋本関雪が自ら製作したアトリエ、庭園がご覧頂けます。
いわゆるお寺の庭園とは一味違う美意識に触れ大満足。


紙でもう1つ代表的な唐紙の唐長さんにも。
奥様が詳細に歴史、唐長で起こったお話も交え
文様のお話を聞かせて頂きました。

そして現代の和紙表現者の代表格のおひとり
堀木エリ子さんのショールームも。
コチラも本当に素晴らしいお仕事を沢山されてて、なんど鳥肌が立った事か。
和紙の可能性を大きく拡げられてお仕事をされてる事に
改めて感銘を受けました。

みんなでお弁当買って外で昼食。

これらひとつ一つが私達のコラボレーションに必要な
技術と素材、また構想になっていきます。
ご協力頂きました皆様改めてありがとうございました。

そして最終日ヴィラ九条山で皆さんの前でプレゼンテーション。
それぞれが今の構想と、製作状況、今後の取り組みを発表していきます。
さて私達のは・・・・。
ほんの少し。
外見だけですが

こんなモノを作っております。

次ジュリー達に会うのは来年1月にパリ郊外で開催されるメゾン・エ・オブジェ
それまでに良いモノを仕上げようと
早速パリと京都でメールのやり取りが始まっています。
どうぞ完成をお楽しみに。





  
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Posted by HIROSHI UETA at 15:30Comments(0)道程メディア/Media

2018年07月31日

「京都×パリ」コラボパートナー

私のコラボレーションのパートナーをご紹介。

ジュリーの工房で

Julie Auzillon(ジュリー)さんです。
私達が受け取っていた資料では彼女のジャンルは製本とされていました。

なので私達はコラボで本を作ると思うでしょ?
私もそうなるのかな・・と思ったのですが。

彼女のクリエイティブな製本は、本を作るというだけではありませんでした。



ヨーロッパの方では聖書とか大切な本を
革張りにしたりして製本しますよね。
その技術を彼女は学校で学んだ上に、日本の製本技術なんかも取り入れ
独自の手法で製本をされます。

彼女がやっているのは
本のコレクターが収集した大切な本を
これ以上ダメージを与えないように、専用の箱を作ったり。
バラバラになっている紙アイテムをまとめて保存できる様に
パッケージを考えたりもしています。

これがまた秀逸で。
ちゃんと中身の内容に添ったコンセプトを考え
それを元に作っているのです。

もしそれが日記だったら、人に見せるモノではありませんよね。
しかし、それを人は覗いてみたいという感情がある。
だからほんの少しだけ箱に覗ける所を作っている。 という具合。

文章だけでは伝わりませんね。
彼女の動画があるので是非ご覧下さい。
ジュリーのチャーミングさも伝わると思います。




彼女は箱を開ける時は一種の驚きを持った儀式みたいなモノって言っていました。
そういうのが伝わったと思います。

アイデア帳にはびっちり。製本の仕方が何通りもあるみたいです。

さて私達はどんなコラボをするのか気になる所ですが
コンセプトとイメージはパリに居てる間にできました。
今は互いにメールやSkypeなんかでやり取りしながら
細かい所を詰めていますが

ちょうどジュリーは素敵な彼と結婚式を終えた所。
ちょとの間ひっそりとしておきます。

パリのショップにもジュリーの作品は販売されています。




ジュリーと工房をシェアしている日本人の陶芸家の栗原香織さん。

お互いの出会いは受賞式という事で、栗原さんもパリで大活躍されてる。
パリのギャラリーでも展示されてるのを拝見しましたし。

フランスの有名な陶器のイベントにも参加されてる。
海外で自分の立ち位置を確立するのは大変な事だと思います。
大阪の方だというので関西のギャラリーの方々も是非ご注目を。

  
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Posted by HIROSHI UETA at 21:26Comments(3)道程

2018年07月08日

「京都×パリ」パリに行って来ました。


空港からバスに乗り、始めの到着地オペラ(ガルニエ宮)

前回書きました。
京都とパリのアーティスト、職人をコラボさせる事業の
第一弾として京都から選出された10人(組)が
パリに集合しました。

私にとっては初パリで色んな人からスリだとか、街が汚いだとか聞いていましたが
私にとっては人も良く、さすが世界の観光地、外国人慣れしてるな~って感じ。

この事業では基本的には個々で動きますので
自分でホテル、飛行機を手配して現地集合が原則。
先ずは「お疲れ様~。お久しぶりです~。こんにちわ~」って感じでパリ市庁舎に集合し
担当の方が市庁舎を案内下さいました。

パリ市庁舎内


議会内

私は議長席を頂きました。



私達が行った前日はコシノジュンコさんのショ-が行われてたとの事。
もうすっかりそんな雰囲気はありませんでしたが十分にゴージャスな市庁舎でした。

その後街を案内して頂きながら徒歩で移動。


バスティール広場


アトリエ・ド・パリ(Ateliers de paris)

オープニングパーティーの為、今回の本拠地アトリエ・ド・パリ(Ateliers de paris)へ。
初めはオブジェかと思ってよく見ると全て食材。
パーティーの食事でした。
アクリルパネルで区切られフランス料理と日本料理が対比されています。
素材がドーン!って感じですがしっかり味付けされてて美味しかった。





京都の皆さんパリにお越し頂きありがとうござました~という感じ。

食事も楽しみながらパリ側のアーティストと挨拶。
初めましてぐらいのつもりが、既に自分の作っているモノに対して
熱い話し合いが始まりだし止まりませんでした。
そんな中、京都市長も登場。

現地2日目、早速本題が始まります。
朝9時から今回の企画をもう一度全員でおさらいし

自己紹介を兼ねて少し自分の仕事を紹介。


Michel Pochonさん 
馬具の製造技術を使いもう既に様々な有名ブランドの仕事を手掛けてる。

Florenceさん 繊細なコンテンポラリージュエリーを作られてました。

その後はパリのアーティスト側の本格的なプレゼン。
10のテーブルにそれぞれ自分の作ったモノを置き
コチラも一人づつ各テーブルに付き、時間が来たら次のテーブルと
いった感じでそれぞれの説明を聞いて周ります。

Anaisさんは藍染め作家であり、ファッションデザインもされてる。


Julieさんは製本作家と紹介されていましたが、本当はもっと奥深い仕事をされてます。
また後日キチンと御紹介します。

Valerieさんは日本ではあまり見掛けない、麦わらの寄せ木細工の作家さんで物凄い良い人。


Isabelleさんは陶磁器になるのかな。非常に繊細でデザイン性豊かな作風。


この時に注意して見ていたのは、作品の面白さは当然ですがそのクオリティーも。
作品の裏側も見ながら何処まで目の届くアーティストなのかを見させてもらっていました。
一緒に仕事する訳ですし、やはりどこまで信用できるのかというのは
きっと作品にも表れてると思うので。

またどういうプロセスでこのモノはできているのかも重要。
製作プロセスを聞くと自分がどこで入れば一緒にできるのか何となくイメージできますしね。

しかし1テーブル確か10分位だったと思うのですが
短時間でそういうのを見て、聞いてするのはホント疲れました。
本当はそれぞれの工房をまわる事ができれば一番良いのでしょうが
遠方の方もいらっしゃるとの事なので物理的に無理ですね。


昼休憩はいつもこんな感じで用意して下さいました。

さて、次は交代し、京都側のプレゼン。

井上雅博さんは京表具の三代目。でもアートワークも製作されています。

黒川徹さんは数多くの海外で活躍されてる陶芸家さん。
作品もですが、私的には彼のキャラが最高。

西村武志さんは友禅彫刻の職人さん。
パリには何度もお越しの様で、既に様々なコラボを展開中。

畳職人の横山充さんと、デザイナーのフローレンさん
なんと伊勢神宮や大徳寺の仕事もされてるとの事。

私は実際に書きながらお話し。


10人全員に説明していくのはなかなか大変です。
また互いに母国語じゃない英語でのやり取り。
スゴイ集中力と体力を使い、終わる頃には抜け殻になっていました。

このやり取りの中で自分のパートナー候補を絞り
第四候補までリストアップし提出。
あとは主催者側でスリ合わせをし、次の日の緊張の発表となったのですが
それはまた次回に。

  
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Posted by HIROSHI UETA at 19:31Comments(2)道程メディア/Media

2016年12月02日

徳島で初めての個展

今も非常勤講師で徳島の四国大学に行ってますが
学生時代を徳島で過ごしました。

休日によくやってたルーティンに
ポッポ街を通り、“そごう”の画廊を見て
今はもう無く成ったVIVREで服を物色、東新町商店街を抜け
もう一件の古びた画廊を見て。道すがら本屋、古本屋、CD屋なんかを物色。
CITY(これも無く成った)に立ち寄り
最後に行き着く駅前の森珈琲店

学生の私にとってはチョット背伸びした佇まいの珈琲店でしたが
店内では誰かの作品展をやってて、それを見ながら珈琲と煙草。
というのが好きな時間でした。

当時、芸術を感じられる場所が街中には少なくて
2件の画廊と森珈琲店が唯一の灯火でした。
(今も同じ様な事を京都でやっているのですが)

新しいモノ、流行りモノを服屋や本屋で知り。
美術や表現の眼を画廊や、古本屋、CD屋なんかで勉強してたんですよね。
今は意識してやっていますが、その頃は無意識にただ飢えてたというか・・・。

珈琲にしても
京都でホントに美味しい珈琲を出す「珈琲伽藍」という珈琲店と出会い。
そこの近くに住みたいと思って住処を探し、通ってた程なのですが
そこで使っていた豆が神戸・萩原珈琲のモノで(そこで初めて萩原を知ったのですが)
なんと徳島の森珈琲店で出していたのも萩原の珈琲だったのです。

非常勤になる前、卒業後久しぶりに森珈琲店に立ち寄り
ふと珈琲缶を見ると「萩原の缶」!
味もわからず飲んでいた珈琲が、今でも美味しいと思えるモノだった事が
なんか嬉しくなったのでした。

前フリが長く成りましたが
その森珈琲店が来年30周年を迎える。
それを記念して来年の一年間は月毎に今まで縁のあった作家さんに
作品を展示してもらう事にされたそうで
私は2月に展示させて頂く事に成りました!!!

昔はただ憧れの様な場で
まさかこんな時が来るなんて思っても居ませんでした。

徳島で初めての個展を森珈琲店でできる事をホントに嬉しく思っています。
徳島そして四国の皆さん。
2017年2月は是非美味しい珈琲と共に作品に会いに来て下さい。
私もたまに珈琲を楽しみに行きますので。
  
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Posted by HIROSHI UETA at 14:36Comments(0)道程

2011年11月28日

たまには振り返る。


26歳頃の作品 「かほり」


私の母校、四国大学書道文化学科の学生達に向けて
お話させてもらう事に成りました。

書を勉強していて卒業したらどうするのか?
学校の先生か塾の先生か。
私が学生の頃はその選択肢しか見当りませんでした。

(悩んだあげく海外逃亡したのですが・・。)

アートの世界に足を踏み入れだしたのも26,7歳位ですから
美大を卒業した人達から比べると遅いですよね。
デザインの仕事をしだしたのはもっと後です。

今はTVに出てる作家さんや、デザイン書道という言葉もある位ですから
もう少し選択肢が増えているのでしょうが
どうすればその世界に入って行けるのか。
キッカケはどこにあるのか。

私ので参考に成るのか分かりませんが
私が学生の時に聞きたかった様な話が出来ればイイなあと思っています。
四国大学の皆さん宜しくお願いします。

  
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Posted by HIROSHI UETA at 06:03Comments(2)道程

2011年02月21日

書道に邪魔な物。


見えるかな? 作品「道しるべ」より道

書道は芸術に成りえるのか?
私は「書道を芸術にしたい」と思い
今の活動がスタートしたのですが

書道が芸術として公平に見てもらう為に
邪魔な物がある様に思っている。
「道」である。
道と付くが為に日本人に公平に見てもらえない様な気がしている。

最近興味深い話があった。
学校の柔道の授業中に事故が多いという事である。
なかには、亡くなってしまわれた方もあるという。

確かに体をぶつけ合うだけに
事故に成るリスクは高い事は理解出来るのだが

しかし、柔道人口が日本よりも多いフランスでは
事故件数が日本より明らかに少なく
死亡例等は無いという報告であった。

ニュースでは実際の例を挙げ
日本の柔道指導者に医療の知識がない事が
未然に事故を防げない理由とし、
体調管理や不調がある時の対処方法の徹底を促していたのだが

一つに「道」の考えの違いがある様に思えた。
日本人に質問。
柔道はスポーツですか?

フランスでは柔道は間違いなくスポーツと捉えています。
スポーツと認識していれば日本でも
トレーナーも居るし、指導者にも最低限の医療知識があるはず。

しかし、日本で「道」が付くと精神論が必ず付いてきます。
体調が悪いと「精神が弛んでいる」と見なしはしないだろうか?
気がのらないと言いだすと「精神を叩きなおす」や「気合が足りない」と
言いだしたりしないだろうか?

日本人特有の精神論。
勿論私も大好きな分野ではあり、日本の文化として必要不可欠な物と思っているのですが
理解の仕方に誤りが多い所でもあると思います。

私にとっては「道」という一般の認識が邪魔な気がして
今も書道ではなく書と言わせてもらっています。
人には「道を外れたので、書なんです」と言っていますが。

  
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Posted by HIROSHI UETA at 22:00Comments(2)道程

2009年10月14日

制作の仕方



作品を制作している時のゴミの山です。
実際はこれの2倍の山を作ったのですが

私の制作の仕方はナカナカ効率が悪いのです。
今回の作品は扁額(門戸や室内などに掲げる横に長い額。)作品の依頼でしたが
130×70cmの紙を200枚程使ってしまいました。

何度も書きながら構成を決め
文字の流れを考え
筆使いを模索していきます。

間にボツボツの物は出来上がるのですが
「まだ出来る」と思えば引き続き書き続けます。

煮詰まると一旦休んだり、次の日にしたり。
しかし、筆が進んでくると
その感じを失いたくないので凄いペースで紙を消費していきます。

そう言った時に‘ふと’自分の実力以上の物ができあがるのです。
「数打ちゃ当たる」感じですかね。
そこまでいってやっと一つの作品を完成させる事が出来るのです。

こんなやり方だから時間も掛りますし
紙の消費がヒドく多いのです。
もったいないとも思うのですが
その分、少なくなった紙の生産者が潤えばイイかなんて考えています。
ちなみにリサイクル業者は引き取ってくれませんでした。

学生の頃、放課後創作室で一人制作している先生の姿を拝見した事がありますが
書かれる漢詩の原稿を片手に
半切(約130×35cm)サイズの作品を一発書きで次々と仕上げて居られ
「職人技やなー」と思った事があります。

人によって制作の違いはあります。
或いは、目指す物が違うのかも知れません。

油絵でも速書きの作家も居ますし
書いては削りしている作家も居ます。

ただ私達墨の作家は書けば書くほど
紙代が飛んでいっているという事ですね。(汗)


出来上がった作品は後日ご紹介致します。


  
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Posted by HIROSHI UETA at 02:51Comments(0)道程

2009年03月12日

「抽象作品のはじまり」道程5

道程シリーズの第五段
カナダのトロントで自分の作品を作ろうと決意した私。
ある一人のカナダ人の言葉が
大きなヒントを与えてくれました。

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ここでは何のシガラミもありませんし、
限られた道具しかありませんので出来る事を思いつく限りやりました。

墨で書いた線を切り抜いたり、
色を塗ったり、
時には焼いて焦げ目を付けたり、
しかし日本という事を意識していましたので英語で制作する気にはなりませんでした。

そんな作品をふと立ち寄った日本人オーナーの雑貨屋さんで
展示販売してくれる様に成り、目の前で販売出来た時は大きな出来事でした。

ふらっと入ってきたカナダ人が余り遊びの無い作品「ゆとり」の前で立ち止まり、
英語で書かれたタイトルと作品を交互に見て言いました。

「日本語は分からないけど、雰囲気は伝わります。素晴らしい。頂きます。」

一瞬の出来事であっけに取られた事もありましたが、
嬉しい事に彼は“ゆとり”という何かをその画面から感じ取ったと言いました。

日本語で表現しても伝わるのです。

それならもっと伝え易くする方法もあるかもしれない。
日本で展示会をしても読めない、分からないと敬遠される業界です。

どうせ読めないなら日本人もカナダ人も無い。
文字を読むのではなく、見て伝える書の表現…。
それに気付いた私の作品はどんどん抽象的な物に成りました。

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「ひかりとかげ」


カナダ時代の作品。
左側に「ひかり」、右側に「かげ」と書いてます。
今では全くしない様な作品の作り方です。
刷毛で塗りつぶして、柿渋も塗ってます。

今見るとなかなか新鮮です。

  
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Posted by HIROSHI UETA at 03:09Comments(0)道程

2009年03月01日

「私の転機」道程4

講演内容の続き第4弾です。

山本博氏制作 

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その頃私に大きな転機を与えて下さった方と出会います。

この方に出会った為アートの分野に入る事に成ったのかも知れません。

カナダに移住されている日本画家の山本博さん。
氏の個展で出会い、プロの絵描きの姿を見、
そこでの活動やどの様に日本が理解されているのか色々と教えて頂きました。
そして、この様にギャラリーで自分の作品に囲まれ多くの人に見て頂く事に憧れ、
自分の作品を作ろうともう一度思い立ちました。

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山本さんはダンディーで
物腰の柔らかな方で人間的にも尊敬出来る方でした。

作家は作品以外にも額や照明等、
作品をより良く見せる事を考えるのも大事と教わりました。
「作品半分、見せ方半分」なんて言い方をされてました。
私が大きな影響を受けた方のお一人です。

近年は夏に地元の彦根で個展をされる事が
チョコチョコございますので
氏の作品を日本でもご覧頂ける機会が持って頂けると思います。

こちらでもお知らせ致しますので
その時は是非直に見て頂きたいと思います。


山本博HP http://hiroshiyamamoto.com/index.html





  
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Posted by HIROSHI UETA at 06:11Comments(0)道程

2009年02月16日

「生きる術 in Canada」 道程3

講演内容の続きです。

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カナダのビザを手に入れ
トロントという移民の多い町に住まいを決めました。

丁度漢字が流行って、一寸したファッションにも漢字のデザインが入っていた頃です。

友人の助言で私が書いた漢字をデザインブックの様にまとめ、
それをタトゥーショップに売りに回る事をはじめました。

まとまったお金が入れば、それを増刷し隣の都市へ、
そんな風に4都市程回りました。

悩まされたのは同じアイデアを持っている中国人がいて先回りされている事。
しかも漢字を知っているというだけの、完全に素人の筆使いです。

しかし、カナダ人の彼らにはそれが上手下手なんて理解出来ない。
「もうこれが有るから」と断られる事も多々。

今までとは勝手が違う事に気付かされ、
中国も日本も無く、東アジアという事で一くくりに位置づけされている事も知り、
欧米での活動では中国人作家との差別化も考える必要があると感じたのでした。
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恥ずかしいですが、当時のタトゥーデザイン例 
取り合えず、向こうの人が好きそうな言葉やキーワードを書いていました。
こういった物30枚が1セットで販売していました。



トロントのダウンタウンCNタワーが見えます。
世界一高いと言っていた様な・・。



  
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Posted by HIROSHI UETA at 00:53Comments(0)道程

2009年02月14日

「私の中国留学」道程2

前回の続きです。


「北京の北西大同の雲岡石窟」


中国では語学を学びつつ書の授業を受け、
時間が空くと旅行に行きました。
行った先の博物館や碑もよく見ました。


紀元前数千年前には既に文字を創造していた古代人に感心し、
絶壁に彫りこまれた巨大漢詩にどう作ったのか想像し、
有名な碑は余りに触られ過ぎてピカピカに光っていました。

「長江の崖に彫り込まれた巨大漢詩。」


元来書もしくは文字を作った古人は実にクリエイティブだったのです。

人に伝える為、もしくは信仰の為、そしてそれを使い易くする為。
彼らは自らの価値観や信仰、生活を文字の中に織り込み創造していました。
これは一種の表現と感じたのでした。
何時からそれは伝統と言われる物になったのでしょう。
「北京博物館所蔵の正しく甲骨文字」


私が中国で見たかった今の中国の書道は観光地の売り物の様なもの、
もしくは伝統芸能的なものばかりでした。
そしてそれを欲するのは書道を勉強している日本人。
売り子が日本語を話す度に日本人が馬鹿にされている様で
近寄る事も嫌に成りました。

「西安碑林博物館内」

ここに在るのは過去の物ばかりだと判断し
四年の予定の留学を一年で切り上げ環境を変えようと北米に渡ったのです。

そこで多くの人に出会い、現在の環境が出来上がる事に成ります。



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注)カナダで元西安芸術大学教授に会いました。
氏の作品は非常にクリエイティブで、ダイナミックで、技術的にも素晴らしい物でした。
文章はあくまでも、その時の私の主観であります。
ただその様な物に私は出会えなかっただけの様でした。
後で後悔しました。 もっと探せば中国で多くの物を学べたかも知れません。




「西安 大雁塔」



「留学先杭州の有名な西湖」
 
  
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Posted by HIROSHI UETA at 18:47Comments(0)道程

2009年02月13日

「私が中国に行った訳」道程1

昨年11/23 母校徳島の四国大学交流プラザにて
「第5回四国大学書道文化学会大会」に参加させて頂き
卒業生の活動という事で講演をさせて頂きました。

その発表内容を原稿にとお願いされまして
つい先日まで執筆しておりました。
完成した一部をこちらで紹介しようと思います。
あらかじめ言っておきますと
書道を学ぶ人間の一人として、学生達の参考にと思いお話させて頂きましたが
十人十色の過程と手段、出会いが或る訳で、
至極個人的な歩みとして
見て頂きたいと思います。




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日比野五鳳作「のどかさに 寝てしまひけり 草の上」


四国大学の学生の頃、
書道を芸術として「表現する」という事を考えていました。
書家でその頃好きだったのが井上有一と日比野五鳳。
彼らは独自の書を残しました。

井上有一の鬼気迫る姿と作品には圧倒されましたし、
日比野五鳳の人となりが出た大らかで洗練された作品には魅了されました。

しかし、芸術の分野で書道の位置づけは難しい。

絵画や音楽は国境が無いと言われ世界各地で講演や展示が出来ますが、
文字を書く書道はその文字を理解しない人にとってはどうなのだろう。
私らしい作品とは…。

答えの無いまま手本の文字を少し変えたり、誰か風の物を書き模索して居りました。

卒業の時期が迫る頃、思い切って中国に留学する事を決めました。
文化大革命以後文字が簡略化されたという現在の中国の書はどうなっているのか。
日本に入って来ていない今の中国の作品を見て、
そこから何かのヒントが得られるかもしれないと思ったからです。
一九九八年中国浙江省杭州大学に留学しました。
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井上有一の貴重な制作風景。
さすが! と思うのはこんなに大きな筆を使っているのに
筆の先を使って書いている。

一般的には大きな筆を持つとドン!って筆をおいて
振り回す様に書く事が多いが
そうすると線が悪くなる。

筆の大小にかかわらず、筆の先を生かして書く事が大事!
  
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Posted by HIROSHI UETA at 20:16Comments(0)道程

2008年11月29日

昔の話


作品「爛漫」
初めてのオーダー作品 (22、3の頃制作)


先日、学生時代を過ごした徳島に足を運び
忘れていた色んな事を思い出しました。

学科の研修旅行で東京・上野の書道展を見る予定があり
せっかくだからこの辺の美術館に足を伸ばそうと
先生に別行動を願い出ると
「そんなの見ても書道の勉強には成りません!」と言われ、憤慨した事。

創作の授業に手本を渡され
疑問を持っていた私は、無視した制作をしていると
以降、添削をしてもらえなかった。
しかし、卒業の時その先生が他の先生方に
「こいつは今にすごい作家に成るぞ!
 こいつは自分の作品を作る事を知っとる!」と
おしゃってくれた事。

時間があれば徳島そごうの美術画廊に足を運び
屋上のペットショップで一服。


気まずいと思いつつも徳島画廊で絵を見せてもらっていた。
その頃いいなと思ってた男女が手を繋いで踊っている作品があった。
小さなデッサンの様な絵であったが
線の一本一本に動きが感じられた記憶がある。
今回それを伺うと
もう売れてないが
池田満寿夫の絵であった事を教えてくれた。


古本もその頃おぼえた。
百円、二百円で画集が買える。
高く積み上げられた画集から眼についた物を4.5冊求めた。

今まで意識してなかったが
その頃の延長がそのまま今に繋がっている。
そして、変わっていない自分に苦笑いした。













  
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Posted by HIROSHI UETA at 22:58Comments(3)道程

2008年11月25日

学会に呼ばれて。


〈大鳴門橋〉

〈会場〉

母校の四国大学の先生に呼ばれまして
徳島に行ってきました。

11/23に開かれました学会にて
卒業生の活動報告を、ということでした。

先生から送って頂いてた前年度の卒業論文の資料を見ておりますと
作家活動や商業的な書に興味のある学生の
多い事が分かりました。

確かに私の学生の頃は先輩も同窓生も先生にも
作家を・・・って方はいらっしゃいませんでしたし
卒業後は学校の先生か塾の先生。もしくは就職し書から離れてしまう
これが一般的な形でそれ以外はありませんでした。

今学生がかつての私の様に悩んでるなら
別の形も示めせるかなと思い
今の活動とその経緯を写真スライドを交え話してきたのでした。

話を聞いてたかは知りませんが
「良かったら回し見て下さい」と渡した
私のポートフォリオ(作家資料・作品写真)が
3時間もあったにも関わらず半分しか回りませんでした。
(多分総勢60~70人)
私も気に成ってたのでチラチラと様子を見てましたが
多くの学生が最後までページをめくり
各資料に目を通してくれていました。

階下にはその学生たちの作品展が開催されてましたが
明らかに実力は上がっておりました。

この調子で続けられてしまうと
近い将来の私の商売敵に成ってしまうのでしょうね。
(勝負する業界じゃないですかね。  ハハ)





〈開会中〉

〈阿波踊りのモザイク〉







  
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Posted by HIROSHI UETA at 01:46Comments(2)道程

2008年06月04日

母校からの応援



《前書き》
私の出身の四国大学 http://www.shikoku-u.ac.jp/index.php
は全国にも珍しく文学部の中に書道コースが開設されており
多くの書道教育者を育てる為に、漢字から仮名、創作に至るまで授業に入れられており
書道の歴史や技術、理論等幅広く教えてくれる学校でした。
(最近は書道文化学科として格上げされより力を注がれてる様です。)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

先日の個展に母校四国大学の先生方が来て下さいました。
自分事の様に開催を喜んで下さり
今後色んな事に私を使って下さるとの事でした。

大学に戻りました先生は
あの「龍之助」をローソンで買占め
学部の全学生、教授、大学の上層部にも届けて下さった様です。

知らない間に在校生みんなの知る所になってました。

早速届きましたのが同窓会会報の原稿依頼。
(これを書く事で同級生のみならず先輩や後輩に私の現在の活動を知って頂けます。)

続きまして、次の新入生募集のリーフレット用に原稿と写真の依頼。
(卒業生の活動を紹介する為の物だそうです。)

在学中は全く真面目な学生ではなかったのですが
この様に取り上げて頂けるようになった事を大変嬉しく感じました。

私自身も今後の活動の励みにさせて頂こうと思います。

画像は「無一物」(10年前)大学の卒業制作展の物です。
もっと上手く書いたつもりだったのですが
久々に探し出してみるとヒドイです。






  
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Posted by HIROSHI UETA at 19:56Comments(2)道程

2007年09月30日

イキを合わせる


(仔牛が寒くない様に布をくくり付けてる チベットにて)

「新宮順子による宮城道雄作品の夕べ」という
箏奏者の方の演奏会にお誘い頂き行って来ました。

興味はあるのですが、内心「寝てしまったらどうしよう」
という心配がよぎっていました。

しかし、幕があきましたらそんな事全く無く
本当に素晴らしい演奏に、十分に楽しませて頂いたのです。

私はブルースやジャズが好きで自分でもバンドをやっているのですが
音の出すタイミングやメロディー展開の面白さに完全に引き込まれておりました。

初めて知ったのですが
箏や三味線は曲が途中で変調すると、チューニングも演奏しながら変えるのです。
勿論、機械なんて使いませんし耳でです。
これは難しいですよ。

そして、これがスゴイ!
何人かの奏者で演奏しますよね。
あのスローなテンポをあわすのがスゴク難しいと思ったのです。
西洋音楽なら、指揮者がいたりドラムがリズムを刻んでくれたり
誰かがリードして、それに皆があわします。

勿論、邦楽にもリズムは感じますが誰も体でリズムは取っていません。
伺ってみますと
何と「呼吸」をあわしているのです。

ソロ奏者 例えば三味線が主なメロディーでしたら、三味線奏者の呼吸に
能でしたら舞人の呼吸に周りが合わせるそうなのです。

これには驚きました。
という事は、鼓(つづみ)の人が 「ヨー ハッ」 言っているのは
あれはリズムなんですよ。
そう言えば「息を合わせる」って言葉ありますよね。
初めて知った日本の文化でした。

もし未だ邦楽を生で聞いた事がない方
是非行ってみて下さい。
私はお勧めいたします。






  
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Posted by HIROSHI UETA at 04:14Comments(0)道程

2007年04月20日

How to be only one.



小学校の頃、習字のコンテストで私はいつも2番目でした。
私より上手な女の子にいつも負けてました。

大学では、私より上手い人は沢山いました。

しかし、大勢の同級生が、もう筆を持っていないと言っています。

上手くなる事が難しいんじゃなく
続ける事の方が難しい様です。

じゃあもっと長く続けると
ONLY ONEになれるのかもしれない。

継続は困難と喜びをもたらす。


写真は、中国・竜門石窟にて。
石仏の大きさが分かって頂けるだろうか?
機械なんか使う時代じゃないですからね。

見えませんが、実はこの石仏群の横に刻まれてる書体が有名なのですがね。
  
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Posted by HIROSHI UETA at 03:12Comments(1)道程

2007年02月20日

某所



東京都内某所にて撮影を行ってきました。
某バンドのプロモーションビデオに少し出して頂ける事に成った為であります。

プロの映像のカメラの前に立つ事は初めての経験でありまして
スタジオに入るまでは少し緊張してましたが
準備してる頃には、煙草をふかす余裕も出てきました。

やっぱりあーゆー業界の方々の雰囲気って少し違いますね。
上下関係と言いますか、役割分担と言いますか
細々と動いてる人がいると思えば、携帯でずっと何かやってる人がいて
モニターの前であーだ、こーだ指図をしてる人がいて・・。

しかし、すごく楽しんで帰ってきたわけです。

画像は、スタジオの使用社覧。
何のオーディションやろ?   昔お世話になったメンズノンノがいる!
  
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Posted by HIROSHI UETA at 19:45Comments(0)道程

2007年02月01日

柊家旅館さん

柊家さん。歴史と由緒のある旅館ですね。(柊家さんパンフレットより引用)

この柊家さんの館内図は、上田普氏の作品です。ご宿泊の際は是非ご覧になって下さい。雰囲気はこちらでどうぞ。  
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Posted by HIROSHI UETA at 23:00Comments(0)道程

2007年01月31日

Beauty



いつも作品作りをする時は、大きな筆を使ってます。
しかし、いざ手紙や芳名する際小さな筆を持つと
書けない事が多々あります。
やはり、大きな筆と、小筆では感覚が違うのです。
腕がナマッてくるのですね。

だから、ここの所1日一回は古典を臨書(書道で、手本を見てそのとおりに書くこと。
また、そうして書いた書。大辞林より)する様にしてます。
こなれてくると結構その作業にハマッてくれのですが・・。解かりにくいですよね。

私が思うには、長い歴史を経ても残されているこの様な文物は
残ったのでは無く、残されたんだと思うのです。
多くの人の手元を転々とし、鑑賞され続けた物。
ここには時代や流行なんか関係の無い普遍的な”美しさ”が隠されている。
それを少しでも理解しないと、後々残されていく作品なんか作れるわけないと思ってます。

身近な物だと、朝日、夕日なんか今まで何兆何億人を感動させてきたことでしょう。
多くの人間が詩にし、絵画にし、写真にしてきたことか。
そんな”美しさ”には時代、人種、価値観、好みなんか関係のない
普遍的な”何か”がある訳です。
カナダ人の友人が言った言葉。
「Beauty is always beauty」

”何か”を物にした者は歴史に名を残すのでしょう。
                               
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Posted by HIROSHI UETA at 15:54Comments(1)道程